桜、早すぎる春 -12-

そんな二人のあいだに店員が割って入った。
「おからコロッケとビールでございます」
善文はおからコロッケの皿を受け取り、詩織は自分の前に
ビールグラスが置かれるのを待った。
「おからコロッケ」
善文が皿を詩織の近くに置いた。
「食べてみてください。珍しいでしょ?」


詩織が箸に手をつけずにいると、善文は自分の箸で
コロッケを半分に割り、その半分を自分の皿に移した。
一口大に箸で割って善文はパクっと口の中にコロッケを
放りこんだ。熱そうにはふはふしている。
詩織は残った半分から一口大を箸で取り、無防備に口の
中に入れた。
「あふっ」
詩織が想像していた以上にコロッケは熱かった。口から
出してしまいたいほどだ。何度も何度も口を開けてフーフー
しながら、ようやく断片を飲み込んだ。
「熱すぎですよ。おからって熱効率いいんですね」
「ぐふっ」
善文は二口めのコロッケを口にしたところで、詩織に笑
わせられた。何か言いたげに大急ぎでコロッケを食べて
いるのが分かる。
「ねふ。熱効率ってなんですか。ほんと、佐倉さんの表現
は幅が広いですよね」


「そうですか?」
詩織はぶっきらぼうに答えた。「熱効率」という言葉は
最近、よく使うようになった。そう思う。


善文はコロッケが口からなくなると言った。
「地球環境問題ですけど」
「ああ!」
話が途中であったことを思い出した。
「どうしてNHKの放送義務なんですか?」
善文がビールを飲む。詩織もつられて飲んだ。そして
NHKというか、メディアの義務だと思っています、
本当は。でもその中でも、視聴料とってるNHKは特に
積極的に報道して行くべきだと思ったからです」
「なるほど」
「そう思いませんか?」


善文はしばらく言葉を選んでいるかのようだった。それ
から形の良い指を動かしながら話し始めた。
「ひとつに、環境問題を報道することについて。義務か
どうかは考えたいところですね。そしてふたつめに、仮に
義務だったとしたら、それはNHKが先頭に立ってやる
ことであるかというのは、別問題だと思います」
詩織はうなづいた。
「そうですね。義務だと考える人はまだ少ないと思います」
「少なくとも、佐倉さんにとっては義務なんですね」
詩織はにっこりして善文の目を見た。
「そうです。私はこれから環境問題を取り上げた番組を
作りたいと思っています」


善文は組んだ足の上で指を結んだ。また足をぶらぶら。
「いいですね。取り組むテーマがあるということは」
「田辺さんはないんですか?」
詩織の脳裏には、あの白川郷の映像があった。そこには
義文が投げかけるメッセージが確かに表現されていた。
あんなに素晴らしい番組を作るのに、善文は何が気に入
らないのだろう?


この物語はフィクションです。実在する人物・団体・組織とは関係ありません