桜、早すぎる春 -15-

「このドクロですか?」
善文は指輪を指から抜くかのように上から撫でて、
「これ、お守りです」
とあっさり答えた。


「お守り?」
詩織は納得できない。左手薬指にドクロでお守りなんて
話は聞いたこともない。
「僕、去年、3回も事故っちゃったんですよ」
「え?!」
「事故っていっても、歩いてたら後ろからコツンとぶつけ
られたとか、たいした怪我はしてないんですけど」
善文は眉間に皺を作って、苦笑した。
「それでアメリカのお土産だって、同期がくれたんです。
この指にしか、入らないんですよ」
善文は指輪をはずし、テービルに置いた。


「どうしてドクロがお守りなんですか?」
「僕にもわかりません」
善文は無邪気に笑った。
「お守りかどうかは知らないけど、気に入ったからしてる
んですよ。そんなに気になります?」


詩織は頬に少しだけ空気を入れて膨らましたあと
「だって、左手の薬指ほど、意味のある指はないですよ」
「まあ、そうですけど。」
善文はさらさらの髪を両手でかき上げておでこを出すと
組んでいる上の足をかかえた。
「同期って、付き合ってる女性ですか?」
詩織はなるべく無邪気を装って聞いた。自分でも
馬鹿な女だなと思うくらい、品のない聞き方だった。
「別に違いますよ。ファッションです。でも、そんなに
女性から倦厭されるんだったら、はめてるとモテませんね」
ふっふっふっと善文は笑う。
詩織はもともと無粋な話題は苦手だ。これ以上、善文に
突っ込む勇気も元気もなかった。
善文も自分からそれ以上、語る様子がなかった。


「ビール、もう一杯づつ頼みましょうか?」
善文が言った。詩織のグラスはとうに空いていた。
詩織の答えを待たずに、善文は右手をあげて
「すみませーん」
と店員を呼んだ。すると店員の代わりに、小柄な女性が
善文の挙げた右手をさっと掴んだ。
「Shoot!こんな所で飲んでやがったか」
ベリーショートに皮ジャン、Gパン。白くてびっくりする
ほどかわいい女性の口から、これまたびっくりするほど
きたない言葉が発せられた。
善文が「あ」という間に女性は店中に響くかのような
大きな声で
「ビール3つ、お願いします」
と言った。


女性は勝手に店の奥の方に入って行き、善文と詩織が
座っているのと同じような椅子を持って来た。
「さっき話した、CGを担当してる同期の三井です」
「友人が女性だとは聞いてなかったけどね」
三井は詩織と善文の間に椅子を置くと、その上にひょい
と座った。他に椅子を置くスペースは確かに無いのだが、
詩織はその無遠慮さに少し驚いた。三井は詩織に向かい
「三井ゆいです。『ゆい』はそのままひらがなでゆい」
詩織が呆気にとられていると、ゆいはたて続けに
「そっちは?善文とどういう友達?」
と言った。


この物語はフィクションです。実在する人物・団体・組織とは関係ありません