桜、はやすぎる春 -16-

あ、この子、私に嫉妬してる。詩織は単純にそう思った。
相手の剣幕にも驚くし、言葉が見付からない。
どういう関係、と尋ねられて答えられるような、大層な
関係でもない。だって会って2回目なのだから。


「この人は今日のシンポジウムに来てて」
「ヨシフミは黙ってって!」
まるで小さな子供がわがままを言っているかのようだ。
詩織はくすっと笑った。
ゆいはそんな詩織の顔をきっとにらみつけた。
「私、佐倉詩織と言います。佐倉は佐倉市の佐倉。
詩織は詩(うた)を織ると書いて詩織」
詩織は機でも織るかのような仕草をしてみせた。
「ふうん。それで?ヨシフミとはどういう関係?」
「知り合いだよ。昔、ちょっと仕事で会ったことがあるんだ」
善文が代わりに答えた。


「ふうん」
ちょうど届いたビールに口をつけると、ゆいは善文の
方を向いて言った。
「そんな人と飲む方が大切なんだ?CGの上がりを見るより?」
詩織よりも善文の方がいやそうな表情をした。
「だって昼までに上がったら見るって約束だったじゃん」
「昼までにできなかったから見てくれないわけ?」
「そうだよ。予定外の時間に僕が誰と飲んでいようと、
構わないでしょ」
ゆいはビールをぐびぐびと飲んで、
「別にいいわ」
と言った。


こういう内輪もめっぽいのに巻き込まれるのはご免だな
と詩織も黙ってビールを飲んだ。飲み終わったら退散しよう。
ここでビールを最後まで残さず飲まなければ気がすまない
のが、詩織の欠点ともいえる。
「ねえ、佐倉さん」
テーブルの上のグラスに手を伸ばしたまま、ゆいが聞いた。
「お正月にうちでやった世界遺産の番組、観た?『大い
なる謎、世界遺産の旅』って番組なんだけど」
「ああ…」
珍しく正月に実家に帰っていた詩織は、そんな番組を
観たような気がした。世界遺産でも遺跡を扱ったもので
ピラミッドやマチュピチュを取り上げていたように
記憶している。
「そうそう、それよ!」
ゆいは嬉しそうに手を叩いた。
「黄金に輝くピラミッドを復元したの。観てくれた?」
「はい、観ました。春分の日にピラミッドのてっぺんに
太陽が昇るんですよね?」
「…。佐倉さん、どこかの番組とまざってるわ」
「えっ」


「あのCGはこいつが作ったんです。綺麗だったでしょう?」
善文がゆいの向こう側からひょこっと顔を出して言った。
「うん、綺麗でした。やっぱりCGはNHKが一番綺麗だと
思いますよ」
ちょっとおべっかかな、と詩織は思った。
「ええ、日本においてはね」
ゆいが言う。
「こいつ、大学までアメリカに居て、CGやってたんです」
また善文が代わりに言った。
「帰国子女ですか?!」
「その言葉、嫌い。日本人って、その言葉好きよね」
なんか喧嘩売られっぱなしだなあ、と詩織は心の中で
苦笑した。


この物語はフィクションです。実在する人物・団体・組織とは関係ありません