桜、早すぎる春 -24-

地球温暖化かあ」
豆乳リゾットを皿に取り分けながら、善文は呟いた。
「僕は何も知らないなあ。考えたこともない。そんなふうに
大きなテーマをもって番組を企画したこともない。
はい」
一枚目の皿を詩織に回すと、善文は二枚目の皿にも
リゾットを盛った。


「まあ、隠すほどのことじゃないから言うんですけど」
善文は少しためらいがちに言葉を続けた。
NHKグループって、年ごとにテーマがあって、それに
沿って番組を企画するんですよ」
詩織は箸を割った。リゾットは箸で食べる。
「例えば今年は『家族』がテーマ、来年は『食』が
テーマとか。そうするとドラマも家族にスポットを当てた
ものとか、家族で見られるクイズ番組とか」
詩織はリゾットを口にした。う。これは癖がある味だ。
「でも、そのテーマとは別に、自分が訴えたい内容を
番組に反映させていくのは魅力的です」
善文もリゾットを口にして、満足そうに頷いた。
田辺さんにはそれができる力が充分あるじゃないですか
と言いかけて詩織は言葉を飲み込んだ。善文の白川郷
映像を観たことは黙っていたい。なんとなく、内緒にして
おきたい。


「田辺さんはデジタルがご専門だって言ってましたよね?」
詩織はシンポジウムの日に善文が言った言葉を覚えて
いた。善文は苦笑した。
「そう、デジタルならなんでもやります。地上デジタル
BSデジタル、だけど一番多いのはウェブ制作ですね」
「え?ウェブですか?」
驚いた。NHK-EPってそんなに守備範囲広いの?
「番組ごとにホームページがあるじゃないですか。あれ
を作るときのルールを決めたり、制作単価決めたり」
「あれ?田辺さんはディレクターじゃなかったですか?」
「ディレクターですよ、一応」
善文はまた苦笑した。


「佐倉さんは、地球温暖化の番組担当ですか?」
「いいえ」
詩織はリゾットを飲み込んで答えた。
「担当といえば担当ですが、今はまだ企画段階です。
業務のほとんどは番組制作です。スポンサー番組って
わかります?5分から10分の連続番組です。他社の
番組ですが『世界の車窓から』みたいなやつです」
「ああ、ああいうのスポンサー番組っていうんですか」
NHKじゃ絶対にない種類ですよね」
詩織は笑った。善文は苦笑した。
「意地悪言わないでくださいよ。でも僕たちも番組に
予算をつけてもらうために、NHKにプレゼンするんですよ」
「そうなんですか?」
「そうですよ、ほとんど僕らみたいなのが企画作って、
NHKのディレクターに売り込むんです。僕たちは、本当は
株式会社なんですから」
善文はパンツの後ろポケットから名刺を出して詩織に
渡した。そのとき初めて気がついたのだが、今まで
善文の名刺はみたことがなかった。


詩織は鞄の中から自分の名刺を出して善文に渡した。
「ふうん…佐倉さんってチーフだったんですね」
予想外の部分を指摘されて詩織は戸惑った。ここはただ
笑ってやりすごしておこう。
「すみません、さっきのシロクマの話ですけど、もう少し
聞かせてもらえませんか?」
詩織はまた一人、シロクマの現状を知ってくれるのが
嬉しかったし、善文のそういう態度も嬉しかった。


この物語はフィクションです。実在する人物・組織・団体とは関係ありません