情報システム?

転職するに当たって、もうキャリアは全部捨てる感じで
プライベートでは興味のない情報処理とは
金輪際おさらばよ!って気分だった…

のだが、流れでネットワーク系担当になってしまい。

以前よりもずっと、ネットワークの勉強をしている。

前職ではIaaSとDNSの担当だったのに、
今はWi-Fiや電子決済、KIOSK端末からソフトウェアの要件定義。
なんか、勉強しないまま仕事にしちゃヤバいことばかり!

え、私、このキャリア捨てるんじゃなかったっけ?!と
最近になって思い出して、愕然としています。

こんなはずじゃ、なかったよね? え~?

そんなふうに感じながら「パズル・パレス」を読んでいたら
もし情報処理系を知らなかったら、この本は読めない
(読んでいても難しくて寝ちゃう)んじゃない?と
思ったりして。

私はいつか、この世界から抜けるのかなぁ?

ブログ移行

まぁ、いつかそうなるな、とは思いましたけども。
はてダ(はてなダイアリー)がサービス終了しました。

強制的に、はてなブログに移行です。

いえ、厳密には、強制的に移行されるのであれば
ブログURLもお任せにしちゃうべきですが。

さすがに、URLがはてダとかけ離れるのはちょっと…
ここだけは譲っちゃいけないんじゃないの?と

はてダからリダイレクトしてくるし
ブログのURLを誰に告知するわけでもないので
なんで譲れないのさ?? って感じもしますけども。

2月の終わりに、はてダは管理すらできなくなると知って
やむを得ず、移行しました。

はてダが無駄に長かったので、なんか記事の整理も大変で
消去するのも、いろいろ悲しい気持ちになるので。

まんま、ブログに持ってきちゃいました。

左小指だけリハビリ継続

怪我をしてもう数年になります。
左肩の腱板を損傷したのですね。

いろいろな不運が重なって、約1ヶ月腫れ続けて
その痛みの強烈さから、CRPSを発症したのです。

CRPSの診断は難しいといいますが、私の場合、はっきりと
診断できたそうです。
すぐに星状神経節ブロックを始めないと、一生腕は動かせないぞ!と
「イヤ」とか「こわい」とか言える瞬間もなかったです。

そんなでCRPSは難治性と聞くけど、治すことができました。
最初は週一でブロック注射を受けて、最後は2か月に1回くらい。
始めて二ヶ月で効果が無い場合、続けても仕方がないと言われるようですが
少しでも効果があるなら続けたい…とおっしゃってくださる
良い医師団に恵まれました。

私の場合、このCRPSのせいで腕が動かせず、結果として当然ながら
フローズンショルダーになってしまいました。
このフローズンショルダー治療のリハビリのほうが
長くなってしまっています。

東京在住のときは、1週間に一度、リハビリに通って
最後は左手小指の第2関節が曲げられないだけ、他は難なく動く
ところまで回復しました。

昨年2018年3月末に、北アルプスの麓へ引っ越しましたので、
リハビリの病院も変わらざるを得なくなりました。

引っ越してすぐは色々忙しく、病院にかかることができず、
やっと初診を受けたのは9月でした。

新しい病院では、医師がCRPSだったことを心配したけれど、
リハビリを中断して固くなってしまっていた手のひらに
筋肉注射をして、なんとか滑りを取り戻し。

小指一転集中で、月に数度、リハビリに通っています。

ほんの30度くらいしか曲げられなかった指が、
なんとか70度くらいまで曲げられるようになりました。
そう、具体的に表現すると
傘の柄を握れなかったのが、太いペンなら握れるようになった、
ということです。

調理をするときに、ニンジンを切るのに支えられなかったのが
ニンジンを握れるようになった。
まだほうれん草を握って水を切ることはできません。

リハビリは毎日家でもやっていて、痛いのは痛いのだけど
諦めたら、あとン十年、絶対に動かせなくなりますからね。
カラオケでマイク握る小指が、ピンと伸びてたらカッコ悪いもんね。

ということで、小指完治を目指します。

第二の故郷?

北アルプスの麓に転職して早、8ケ月。
ここは私の育った町…


なのに、なんだかまだまだアウェー。
たぶん、就職した先が地域で一番の組織のせいで...


たまに東京に戻ってくると、落ち着いたりする。
無意識に電車乗り換えたりしてると、東京の暮らしの便利さが
やっぱりいいな、と思ったりする。


考えてみたら、北アルプスの麓で育った期間よりも、
東京で過ごした日々のほうが長いわけで。
東京の速さが抜けなくて当たり前だよね。


じゃあ東京に戻りたいかと言うと、
東京は遊びに来るのがちょうどいい、と思う。


東京にいたら、居るだけで分かることが、
田舎に居たら努力しても分からない、そんなことが怖い。


テレビCMでも、分かる時代の流れがある。
だからホテルではテレビを点けて、CMばかり見たりしてる。


いつか東京がアウェーに感じるようになるのかな。。


ちなみに今日は、フェルメール展に行って来た。
平日なのに行列で、なんかホッとする東京の光景。

発表会、2018夏

田舎に帰った!と言いつつ。。
習い事は続けていて。 田舎には学校がないため…


東京に通っています。


というわけで、今日は発表会。
4回目の挑戦です。


ちなみに3回目は、3月でした。
転職が決まった直後で、奇しくも新しい世界に飛び込んでいく
私の心境を的確に表現した作品になりました。


とはいえ、転職も引っ越しもバタバタで、
ろくに練習できない日々。
今日の発表会は、準備点自己評価最低。


どうやっても間に合わないと自覚した昨日、
出来栄えよりも参加することに意義があると気持ちを切り替えました。


案の定、ステージでは自分の声も手も震えて、もうどうにもならず、
最後の切り札とばかり、ひたすら笑顔。


練習不足で出来がひどいと、あまり落ち込まないという事実が
判明しました。
発表会を見てくれる仲間たちが、とても優しいということも。


で。打ち上げまで参加すると帰りの電車が無いわけで
東京に泊まりです。
つい最近まで家があったのに、その近くでホテル泊。
なんだか違和感。 まだまだ田舎より、東京のほうが落ち着くのに…


打ち上げでは「天城越え」や「天使のテーゼ」を避けていたら
「ボディーガード」を歌うハメになりました。
いやぁ… あわよくば逃げよう、ってスタンスだと足下をすくわれるってことかな。

帰郷

前のエントリーから、だいぶ時間が過ぎました。
ええ、この春、東京から地方都市の実家に転居したのです。


引っ越しに時間を要していて、未だ片付いていません。
が、生活のリズムは段々整ってきています。


かつてギリシャに旅行したとき、広がるオリーブ畑をみて
「こんな所に移住したいなあ!」と思ったのですが、
同時に
「とは言え、住んだら色んなしがらみがあって、
観光旅行で見えるほど、理想郷でも無いんだろうな」


転職に当たっても、いいことばかりじゃない、むしろ
この歳で新環境とか厳しいんだろうな…と覚悟していました。


覚悟の範囲内で、厳しいです。
キャリアを捨てるって、こういうことなんだな、と実感。


東京暮らしを捨てることも、もちろん色んな覚悟をもって
臨んだんだけれど…


正直、覚悟の範囲を超えてました。
こんなに不便だったっけ…と。


東京のときは、3年後は想像出来ませんでした。
様々な技術が日々流れていき、生活はどんどん変わります。


こちらは、5年経っても変わらなそうです。
5年後の計画を、今の環境で立てる若者を見て、
のんびりしてるなぁ、それで不安ないんだなぁ〜と
良くも悪くも、感心します。


東京暮らしが長かったので、このゆっくりな生活は
心細いし、焦ります。


でも、良いところは受け入れていかないと、いつまでも
しんどいだけなんだろうな、と思います。
変わる勇気。 それが私の選択だったとおもうのです。