定年記念講義

伯父がその長い大学生活に終止符を打とうとしている。


私が知る限り、伯父は偏屈な学者である。
とある国の文化をこよなく愛し、日本においても
ためらうことを知らず、その文化の中で生きている。


そんな伯父が一般に向けて講義をするというので
兄弟揃って出掛けて来た。
学生は、恐らく伯父のゼミと思われる数名しかおらず、
あとは中学・高校・大学と、伯父の学友ばかりだった。


案の定、伯父は痛烈な皮肉を「聞き違い?」と思うほど淡々と
語り、日本の特異なる文化を見事に表現してみせた。
伯父のキャラを知っている私には、その皮肉は伯父なりの
ジョークだとよく分かるから、講義を聞きながら笑いっぱなしだった。
我が伯父ながら、こんな教授が退官してしまうのは惜しい。
こんな講義だったら、私は大学に残り学者になりたいと
思ったかもしれない。


私が生まれたとき、伯父は海外の大学に留学していた。
そしてそのまま海外の大学で教鞭をとっていたから、私が
物ごころつくまで日本にはまったく帰って来なかった。


帰国後も都心に住居を構え、実家にはほとんど帰って来なかったから、
たまに帰っては、だらしない私を叱る伯父が
子供の頃は怖かった。
すごい伯父さんの前に、私は田舎の、世間知らずのおバカちゃんだった。


大人になって、ようやく世間が見え始めたとき、初めて伯父は
圧倒的・卓越的・超人的な大学者であると共に、
日本においては変わり者の某国オタクであることに気付いた。
やっていることは確かに尊敬に値するのだが、出る杭は打たれる、
というやつか。


こんな破天荒な伯父と血縁なんだから、私が多少、空気を読まずに
我が道を進んでも、まったく問題にならないな、と思った(をぃ


伯父の発見した数々のものは、これからの学者の礎となり、
日本文化の特徴を知る手掛かりとなっていくだろう。


それでも伯父はまだまだやり残したことが沢山あるようで、
学術書を執筆中とのことだった。
伯父のそのいつまでも熱い情熱を、私も見習わなければいけない。