もう愛せない

私が最初に故郷脱出を図ったのは、大学進学のとき。
東京の女子大に進もうと準備をしていた。


だから地元の大学を受験する気なんか全くなかったのが
母に
「自転車で行けるんだから、受けてきたら」
と言われ、受験したら合格してしまった。


経済的にも、勉強するにも就職するにも、
地元大学に進んだほうが良いのは分かりきっていたので
冗談にも蹴って東京へ行きたいとは言えず、
もう4年間、故郷に留まった。


山は好きだ。見るだけでも好きだ。
でももう、私は自力で標高3,000メートルの世界には
行かないだろう。


老舗の本屋も、文具屋も、洋裁店も、映画館も鉄道さえも倒産し、
今ではわずかに菓子店がひとつ、規模を縮小して残っている。


郷土料理は衛生法の改正により、古来からの調理法ができなくなり、
同じ名前の別モノが名物として送り出されている。


この夏、節電のおかげか、東京でも夏の大三角形が見えた。
反対に、故郷は電力不足に悩むこともなく、年々町は明るくなり、
夏の夜空は東京の空と変わらなくなった。


古い商店街は観光地化。学生時代にはお菓子や雑貨を買いに行った場所も
今では観光客目当ての民芸品ばかりで、行っても買う物がない。


こんな故郷を、私はもう愛せないと思う。
町ばかり変わり、けれど人間は相変わらず横柄で無神経で、
「それが味」なんて言える雰囲気では、もうすっかり無くなっていることすら
気付いていない。


大切な友達はいる。彼らは好きだ。彼らまで十把一絡げに嫌う理由はない。
ただ私には、もう故郷はなくなったのだと思う。