桜、早すぎる春 -21-

四人はかわるがわるお互いの顔を見た。彩は都会派の
おしゃれなお姉さんだし、雅は良い所のおぼっちゃまに
見える。大介は落ち着いた大人だし、詩織はよく年齢
不詳だと言われる。詩織以外は獣相手とは言え医者な
わけで、どこかくだけた感のある詩織とは雰囲気が違う。
「私、違和感ありますか」
詩織は苦笑した。


「そういうんじゃないんです」
彩は真顔で言った。
「私たちがやっていることを、マスコミの人が当り前の
ように見てるのが不思議。今まで研究室に籠もっていた
ものが、なんか窓を開けて外へ出て行く気がする」
「それ、分かる気がする」
大介がうなずいた。
「私たちのやっていることが認められたっていうか」
「あ、彩さんの言ってる意味、分かります!」
雅も相槌を打った。


「私は」
詩織は斜めに天井をながめながら言った。
「どうだろう?よく分からない。ただ、今まで全然接点の
なかった世界とつながったような気はします」
「そうですよね」
彩が言い、大介は首を縦に振った。
「だけどここに来ると…」
詩織はひざにのせた封筒の上でぎゅっと手を握った。
「どんどん悲しい現実を知ってしまいます。ただ遊びに
来ているんじゃない、って思います。こんなにも辛い
取材って、今まで経験したこと、たぶんありません」
一瞬、沈黙がよぎった。


「確かに」
大介が立ち上がり、カップを持ったまま広げたままの
机の上の地図を引寄せた。
「確かに、辛い現実です。私たちはそれに直面しています。
直面したからこそ、獣医になり、野生動物の保護に一生懸命
なんです」
彩と雅がうなずいた。
「佐倉さんは今まで知らなかった。だけど知ってしまったら
放っておけなくなった。獣医ではないけど、私たちと
向いている方向は同じです」
「そう思うわ」
「僕もそう思う」
三人に認められ、詩織は嬉しかった。嬉しいと同時に
身が引き締まる想いだ。


「この前伺ったとき、山口先生からシロクマが共食いを
していると聞きました」
「えっ?」
彩も知らなかったのか、驚きの声を上げた。大介は静かに
うなずいた。
「ええ、そうです。もともと共食いをする種なのかも
しれません。でも最近になって共食いの数がぐっと増えました」
「それは、やっぱり、食べるものがないから?」
「恐らくそうでしょう。共食いは普通、個体が多くなりすぎて
食糧が不足したときに起きやすい現象です。シロクマの
場合は、数は激減しているのに、それよりももっと、
餌が獲りにくくなっているんです」
「餌が減っているんですか?」
大介は悲しそうな目をしてスッと首を横に振った。
「狩猟するだけの体力がないんです。海に落ちたら、
もう氷の上に上がることもできず、溺れ死ぬ個体も居ます」
詩織はイヤイヤをするように、頭を左右に何度も振った。
また知りたくないことを知ってしまった。知りたくなかった。
だけどこれが現実なのだ。

この物語はフィクションです。実在する人物・組織・団体とは関係ありません