日本が隣人にしたこと

小学生の頃、近くに朝鮮人学校があって、よくそこの生徒と
すれ違いました。私がその場所に引っ越したのは小学校3年生の
ときで、日本と朝鮮・韓国の歴史も知らなければ、差別なんて
ものも知りませんでした。


黒髪でかわいい顔の朝鮮人の女の子が居たのです。
バス停で立ってたら同じようにバス停に立ったので、私は彼女の
黒と白の、ワンピースみたいな制服がかわいいなぁと思って
見てました。着物のような衿にふんわり広がるスカート。


「てめー!何みてんだよ!朝鮮人だからってなめんじゃねぇぞ!」


かわいい顔からそんな言葉が出たんで、もうびっくり。
なぜ怒られているのかもわからず、後ずさり。泣いたかもしれない。


家に帰って両親に話して、それで初めて「朝鮮人学校」が近くに
あることを知って、日本が昔、朝鮮人を「ちょ●」と言って
差別してきたことを聞かされました。
私は彼女の誤解を解きたかったし、仲良くしたかったのですが、
結局目が合うとこわくて、なるべく見ないようにする、という
逆効果的な態度で終わってしまいました。


話はとんで、私が古典系の学習システムを作っているとき。
当時の文化は中国、韓国を経て日本に入ってきたこともあって
韓国語訳を韓国人留学生(と言っても韓国の大学を出てからの
留学だったので、年上で妻帯者でした)にお願いしてました。


ある日、彼が「日本の女性は綺麗でいい」と言ったのです。
一緒に居た女性上司も私もよくそう言われるので(何
いつものお世辞だと思って「いやぁ♪」とか言ってたのですが、
彼の言葉には続きがありました。


「韓国の女性は穢れている。日本人が慰安婦として連れて行ったから」


上司ともども、顔面蒼白というか、言葉を失うというか。
同じ女性として慰安婦問題は私には絶対に許せない行為なんですが、
こういう場合、私は「女性」という立場ではなく「日本人」として
彼と向き合わなければならないんですよね。。
「韓国の女性が穢れている」という表現には強い否定を感じたので
それは違うと言ったあとで、でも歴史的に日本人がそういうことを
してきたことには恥を感じている、「すみません」としか
言えませんでした。


政治的に、たぶん金が絡むから謝罪しないんでしょうが、
戦時下の政治家たちよ。あなた方は私たち世代に、なんとひどい宿命を
背負わせたのだ。


同じことは今の子供たちも言いたいでしょう。
私たちが住めないような環境にまで地球を破壊しておいて、なのに
まだ繁殖しようとするのか。私たち世代になんとひどい宿命を
背負わせたのだ、と。